MRAMってご存じですか?

今回は珍しく、仕事での話なのですが、オチがついていますのでご紹介します.先日、フリースケール社(もとはモトローラです)の方から、「MRAM」という新しいメモリについて紹介をしてもらいました.あまりメモリデバイスに詳しくない方のために、ちょっとごたくを並べてみます.

メモリは大きく2つに分類されるといわれています.「ROM」と「RAM」です.ROMは「リード・オンリー・メモリー」の略で、「読み出し専用メモリ」ということになります.RAMは「ランダム・アクセス・メモリ」の略で、日本語では何ていうんでしょうかね、「任意読み書きメモリ」ですかね.ROMは書き換えが出来ないのが短所、電源を落としてもデータが消えないのが長所です.RAMは電源を落とすとデータが消えてしまうのが短所、データの書き換えが自由に出来るのが長所です.大昔はこれら2つの分類がきっちりしていたのですが、最近の技術の発達で、両者の区分がだいぶん曖昧になってきています.今回のMRAMも、曖昧な部分に含まれます.

たとえば、メモリカードでおなじみの「フラッシュROM」は、ROM(リードオンリー)と言いながら、書き込みが出来ます.ただ、フラッシュROMの最大の欠点は、データを書き込むのに先だってデータ消去シーケンスを実行しなくてはならず、これがハンパでないほど長いのです.長いものでは数秒もかかることがあります.ということで、データが書き換えられるROMですが、書き込み時に比較的長い時間がかかるのが欠点です.当然、電源を落としてもデータは消えません.

EEPROMも書き換えが出来るROMですが、読み出しはRAMと同程度に高速(100nS程度)であるのに対して、書き込み時には、やはりデータ消去シーケンスが必要であり、一般に10mS程度の時間がかかってしまうのが短所です.電源を落としてもデータは消えません.

パソコンなんかでよく使われるDRAMというのは「ダイナミックRAM」のことで、こいつはデータ1ビットあたり1トランジスタと1コンデンサという簡単な構造であるため、高集積化が可能で、同じシリコンサイズであれば、SRAMの数倍のメモリ容量が稼げるため、安価で大容量のメモリの代表です.ただ、コンデンサに蓄えられている電荷が抜けてしまうとデータも消えてしまうので、一定時間以内にデータの読み出し書き戻しを行う(リフレッシュといいます)ことが必要で、他のメモリに対して扱いが煩雑なのが欠点ですね.ただ最近のパソコンなんかでは、専用のDRAMコントローラを搭載しているのがあたりまえですので、つなげば動くようになっています.

FRAMというメモリもあります.15年くらい前に開発されたもので、特定の結晶格子(何ていう名前の物質だったかは忘れました)に印加する電界によって、内部の原子が安定的に2つの位置を取るという特長を生かしたメモリで、読み出し、書き込みともに普通のSRAM並で、電源を落としてもデータは消えません.が、構造がDRAMと同様で、つまり読み出しがいわゆる「破壊読み出し」であるため、データの読み出し動作も含めたアクセス回数に上限値が設定されているのが最大の欠点ですね.ずーっと読み出しを続けるだけで、(仕様上では)そのうちデータが消えてしまうことになります.このメモリは長い間、日の目を見ることがなかったのですが、トルカだかスイカだかパスモだか、いわゆる自動改札を通ることの出来るカードに採用されているようなことを聞いたことがあります.

で、MRAMですが、こいつは、かける電界の向きに応じて、NとSの磁極の向きが変わるという特性を持った物質を使って、その磁極の向きを「1」と「0」に当てはめたメモリです.アクセス速度は通常の汎用RAMと同程度です.アクセス回数の制限もありません.書き込み速度も読み出し速度と同程度です.電源を切ってもデータの内容が消えることがありません.しかも、DRAMのように1トランジスタでメモリの1ビットを構成することが出来るため、将来はDRAM並の高集積化が可能といわれています.良いとこと尽くめのメモリで、「次世代の夢のメモリ」として、半導体各社が開発にしのぎを削っているようです.その中でフリースケールはいち早く量産化にこぎ着け、このたびの製品PRに至ったわけです.

ところで磁気を使ったデバイスというと、思い出されるのがフロッピーディスクやカセットテープです.これらのデバイスは「磁石には近づけないでください」と注意書きが記されているのですが、悪い子はダメといわれることはとりあえずやってみるもので、私もフロッピーを磁石で思いっきりグリグリこすってみたことがあるのですが、データはまったく異常がありませんでした.これらのデバイスは静磁界がかかってもデータが飛ばないような記録方式をとっているので、そう簡単にはデータは消えません.これをふまえて、フリースケールの方に最後に質問してみました.

「MRAMって磁石の性質を使っているということですけど、まさか磁石を近づけたらデータが飛ぶなんてことはないですよね?」
「イヤそれがですねぇ、磁石はダメなんです」
「(予想外の反応に驚いて)ハァ?」
「だいたい50ガウスくらいの磁気でデータが化けてしまいます」
「というとだいたいどれくらい強力な磁石なんでしょうか」
「磁気の入ったドライバーがありますよね.これが100ガウスくらいなんです」
「というと?」
「MRAMの表面をそのドライバーでこすると、データが破壊されてしまいます」

全然ダメぢゃん.

ということで、私の所でのMRAM採用検討は終わってしまいました.
しかし将来的には、物理的に完璧な磁気シールドをして、パソコン用のシリコンディスクくらいには使えるかもしれません.